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【我が家の食卓】私は味覚音痴

初めて私が料理人になりたいと思ったのが、小学校3年生。
その頃父が副業でやっていた店の料理長(町の中華料理という感じなので、そんなにたいそうな言い方は似合わないかも知れませんけど)「なべちゃん」の料理姿を見た時、「かっこいい!自分もなりたい!」と思ったわけです。

なべちゃんは、調味料の分量を計りません。
中華のお玉で適当(そう見える)に取ります(例えば塩はお玉の背にくっつけて取る)。
何度か味見をし、いつも同じ味に仕上げます。
動きが速く、あっという間に料理が仕上がります。
神業だと思いました。

我が家の食卓
(写真と内容は無関係です)

学校が終わると必ずお店に行き、カウンターの端っこでなべちゃんの料理を見ていました。
それこそ、毎日のように。
手が空くと、なべちゃんはたまに中華のおやつを作ってくれます。
父のお店はデザートがメニューに有りませんから、普段作らない料理です。
でも、いつもモーレツに美味しいおやつを作ってくれます。
なべちゃん無くしてあのお店は成り立ちませんでした。

我が家の食卓
(海老マヨは蜂蜜を入れてなんぼです)

なべちゃんがどこで修行して来たのかは、誰も知りません。
まだ20代でこの腕ですから、きっと10代の早いうちからどこかで鍋を振っていたんだと思います。
メニューは父が書いていました。
メニュー変更の時も、いちいち相談はしません。
父が書いたメニューを、なべちゃんが作るだけ。
要するに、何でも作れるわけです。

料理完成までに、味見を1度か2度。
それだけで完璧な味付けが出来るなんて、きっと素晴らしい味覚の持ち主に違いありません。
自分もそうなりたい!と思っていたのですが、ダメだったようです。
私に味覚音痴疑惑が出て来ました。

我が家の食卓
(塩でもタレでも旨い)

この事に、いつ頃気付いたのかは定かではありません。
多分初めは、中学校の終わりから高校生になる、その辺りだと思います。
その頃から、レトルト商品や冷凍食品等、スーパーで販売されている便利な食べ物が美味しく感じられなくなりました(これは以前書きました通り、味覚云々ではなく、体に合わないんだと思います)。
そして、一部の食べ物に対して「美味しい」とは思えなくなって来ました。

ストレートに書きますと「その味が口に合わない」のです。

我が家の食卓
(パッと見たら食べ物とは思えないかも?)

私はどちらかというと「濃い味が好き」ですが、それだけではないようです。
一番多く感じるのが、「ひと味足りない」。
外で麻婆豆腐を食べても、味に奥行きが感じられなければ香味野菜を足したくなりますし、最低でも粉末の花椒か、花椒のラー油でもかけたくなります。
セットもののチャーハンが「作り置き」の場合は、味が抜けていて美味しくないので食べずに残すか、どうしても食べなければならない場合は、卓上の醤油とコショウを混ぜて食べます。

我が家の食卓
(クリームパスタはガーリック強めで)

私が毎日数個の調味料を持ち歩いているのは、こういう理由が有るからです。
例えばコンビニで蕎麦を買って食べる時に、「汁が少なくて蕎麦をどっぷりと浸したら絶対に最後の方は汁がなくなるだろうな」と判断した場合は、一味唐辛子やラー油を入れて汁のインパクトを強くしてから、汁が無くならないように少し蕎麦を付けて食べます(先日買った蕎麦は、本当に汁が少なかったです)。
実際にそんなことをやっている人が全国にどの程度いらっしゃるかは解りませんけど、私の場合は満腹中枢がイカレているので、食事を少量で済ます時は、何らかの方法で「味」に満足感を与えないといけないんです。
別にこだわりとか、そういう大袈裟なものではなく、「その方が幸せ」という程度のことです。

我が家の食卓
(ローズマリーってあまり手を掛けなくても大丈夫だから好き)

この鶏肉はオーブンで焼いただけの極簡単なものです。
濃い味は好きなんですけど、あまり塩分を強くすると体に悪いので、その分ハーブを入れて満足度アップ。
「ひと味足りない」と感じた時は、何かのスパイスかハーブを使って味の広がりを出したくなってしまうんです。

「シンプルで美味しい」というのも好きです。
例えば塩・コショウのみで頂くとか。
でも、シンプル(素材の味を活かす)に調理する場合は、良い素材を使わなければなりません。
毎日購入する食材に、高いものばかりは選べません。
安い食材を使って満足度を上げるのが、料理をする人の腕だと思いますし、それこそが料理というものだと私は思っています。

我が家の食卓
(モツ入りのこいつを御飯にかけて食べるとヤバいですよ)

「食べ物の中に、美味しいと思えないものが有る」だけで、自分が味覚音痴と思ったわけではありません。
私が味覚音痴だと思い始めたきっかけのひとつに、こういうテレビ番組が有りました。

ある家族の紹介をしている番組でした。
奥さんが朝、ご主人と子供達にお弁当を作って持たせる様子が映し出されています。
ビックリしました。
おかずの半分以上が生野菜です。
全く味が付いていないブロッコリーとかプチトマトとかが、7割を占めていました(アレルギー体質とか、特別な理由は無いようでした)。
他には少量の卵焼きとソーセージ。

我が家の食卓
(私は冷麺にスイカは入れません)

家族全員スマートです。
「なるほど、こういう食事をすれば理想的な体重で居られるのか」
目から鱗(^^;

脱線しますが、そういうお弁当はどうやって食べるのでしょうか。
卵焼き1個とソーセージを半分に切ったもの3本で何とか御飯の半分を食べたとすると、何も味が付いていないブロッコリーとプチトマトで残り半分の御飯を食べるわけですよね。
プチトマトを1個口に入れ、噛んでトマトの種周辺が出て来て、まさにトマトの味で口中が一杯になった所へ、白飯を投入…
トマトも好きですし、勿論御飯は大好物ですが、味が付いていない生のトマトと御飯を混ぜて食べてみろと言われたら、ちょっと私には無理かも(;^_^A
あっ、だから私はデブなんですよね(爆)

我が家の食卓
(私が焼鳥に使うのは焼酎でなく日本酒)

その人の家の食事に対してとやかく言うわけでは決してございません。
こういうことを感じたのはそのテレビに出ていた家族だけでなく、他の家に行って食事を出された時にも感じたことです。
「不味くて食べられない」というような、贅沢を言っているんじゃありません。
「あ、普通はこういうふうにして食べているのか」という発見です。
こういう食べ方が本当ならば、私が「美味しい」と感じている食べ方は「本当ではない」ということになります。
きっと私は、味付けに何らかのインパクトを求め、そうでない料理の味が解らない「味覚音痴」なんだと、そう思うようになったんです。

我が家の食卓
(お肉に片栗粉をまぶして火を通しておくという一手間が重要)

私のチャーハンは、コショウが強いです。
上からバッサバッサ振ります(笑)
誰かに食べて頂く時は、いつもよりコショウを減らします。
それでもきっと、通常のお店よりは多いと思います。
こういう部分も、「味覚音痴」のひとつの症状なのかも知れません。

我が家の食卓
(前の晩に作ったら煮こごりが出来ていました)

「私は味覚音痴かも?」という思いは、年々強くなっています。

私の母方は農家で、子供の頃からそういう野菜を食べて来ました。
トマトは洗ってかぶりつくとフルーツのように甘く、大好きなおやつのひとつでした。
キュウリの塩もみも、それだけでおかずになるほど美味しかった。
茄子も味が濃く、ほうれん草はとても甘かった。
こういう食材には、刺激の強い香辛料は不向きです。
ですから本当に美味しいほうれん草をバター炒めする場合は、大好きなコショウを控えます。
根っこに近い部分も捨てたりしません。

我が家の食卓
(エビチリはつゆだくに作って御飯にのせると食べ過ぎてしまいます)

しかしスーパーで売っているほうれん草からは、全く甘味が感じられません。
これもきっと、私の味覚が鈍感だからに違い有りません。
よく3分クッキング等料理番組で、こういう話を耳にします。
「ほうれん草は今が旬で甘味が強いですから、生でも美味しく頂けますね」と。
私にはそれが全く理解出来ないんです。
私が行くお店で、そんなに美味しいほうれん草に当たったことが無いからです。

「旬に食べると美味しい」というのは解ります。
一応調理師ですから、教科書の上で学びました(笑)
でも私は「旬に食べて美味しい食材は、ほんの少ししか無い」と感じています。
これが味覚の優れた人でしたら、ちゃんと理解出来るんでしょう。
私には何のことなのかさっぱり解りません。

我が家の食卓
(目玉焼きはカリカリな部分が有った方が好き)

ハンバーグの付け合わせ。
これらの野菜は、私には味が足りないんです。
ニンジンなんか特に甘味が無いので、調理の際に砂糖等で甘味を足さなければなりません。
しかし先月仕事で行きました農家で頂いたニンジンは、とっても甘いものでした。
スティック状に切ってポリポリ頂くと、噛むほどに甘味が出て来る素晴らしいニンジンでした。

我が家の食卓
(こういうものってインスタントで済ますっていう人が多いらしいですね)

よく「旬」という言葉を使う人が居ますが、多分私とは話が合わないと思います(家庭菜園のような、ご自分で作られている方は別です)。
もっと言いますと「日本に四季が有る」と思ったことは今まで一度も有りませんし、「旬の野菜(買ったもの)は美味しい」なんて思ったことも有りません。
子供の頃食べた「その時期に作っている美味しい野菜」が「旬の野菜」だと言われるならば、それは解ります。
確かに美味しいですから。
でも「旬の野菜→美味しい」という定義が存在するならば、それは私のような味覚音痴には理解出来ません。
ですから「食べ物は旬が旨い」という考えの人とは、きっと話をしているうちに口論になると思います(笑)

我が家の食卓
(家で食べるならポテチも手作りが多いです。青のり多めで)

私は手作りが好きです。
何を作っても手作りの方が美味しいし、安全だと思います。
いや、そう思っていました。
しかし、これだけスーパー等のお総菜が売れ、「?」と思えるお店が営業しているのを見ると、やっぱり私の味覚の方を疑った方が正しいという気になります。
申し訳ございませんが、そんな私が書いたこのブログ内の記事は、信用なさらないで下さいm(__)m

一般的な主婦を含めて我々家庭で料理をする人間は、安くて味の貧弱な食材を使用し、いかに食べる人達に美味しいと感じさせるか、そこが勝負所だと途中までは思っていたのですが、自分が味覚音痴だと感じるようになってから、家族には我慢してもらうにしても、他人に食べてもらうのは恥ずかしくなってしまいました。
子供の頃からずっと料理人を目指しておりまして、「何かの機会が有りました時は…」とも思っておりましたが、味覚音痴確定ということになりましたら、私の料理はきっと「くどい」とか「えぐい」というものなんだと思います。
そんなものを他人様の口に入れるわけには行きません。
どんな機会が有ったにせよ、私の料理を外に出すのは止めた方が良いという結論に達しました。





考え始めると、自分は味覚だけでなく、視覚もおかしいんじゃないかと思うようになります。
例えば料理本。

長年料理を作っていますと、見ただけである程度「自分の味覚に合うかどうか」が解るようになります。
料理本に載っている料理の写真は、その料理を作っている人が作ったそのままのものでなく、フードコーディネーター等その関係の人が「美味しく見せよう」と手を加えたものが使われています。
私には全く美味しそうに見えません。
煮物ひとつにしましても、あの色合いで野菜を煮るならばほとんど生になりますし、味もほとんど付けられないからです。

また登場させてしまいますけど、「3分クッキング」や「○○○の御飯」みたいな料理本を母が買ってきたことが有りまして(結局買っただけでした)、その本も同様に感じました。
で、実際に作ってみましたが、やはり味が足りないのと、見た目(色合い)がほんの写真と全然違いました。
あれが美味しいと思う人が居るようですので、やっぱり私がおかしいのかも知れません。

速水もこみちさんが料理人として毎日登場している、MOCO'Sキッチン。
オリーブオイルの使い方が特徴で、私も好きでよく見ます。
若干過激な部分も有りますが、ハーブを使い、スパイス感も有るMOCO'Sキッチンの料理は、他の料理番組の料理達と比べて一番美味しそうに感じます。
きっと実際に食べても、私は美味しいと感じることでしょう。
あの番組の料理は、その料理に関係のない外部の人間によって操作された部分が無い(もしくはそう感じない)からです。

ちゃんと調理しているものが美味しそうに見えないなんてことになれば、それは大問題なんじゃないですかねぇ。

視覚までとなると…
味覚・視覚とくれば、いよいよ他の五感に関しても怪しくなって来ますねぇ。
「五感音痴(全滅)」だけはどうしても避けたいなぁ…(T_T)

※今回のお話は「100人中51人が美味しいと認めたらそれは美味しい」という『多数決の論理』を基本としています。
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| 我が家の食卓 | 22:31 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

>「旬に食べて美味しい食材は、ほんの少ししか無い」と感じています。

料理の世界って盲目的にに先人から受け継いでいる、実際に効果があるのか確かめられていないテクニックがたぶんめちゃくちゃあるでしょうね。

パスタを作るとき、「にんにくの芽は焦げやすく、焦げると苦味が出るから爪楊枝などで必ず取りましょう」と書いてあるレシピがほとんどですが、僕は絶対にそんなの分からないと思っているので、無視して取らずに入れちゃいます。

逆にペペロンチーノ系やクリームソース系では、レシピ無視して白ワインや顆粒コンソメ入れて味の層を増やした方が家庭では簡単に美味しくなると思いますし。

>長年料理を作っていますと、見ただけである程度「自分の味覚に合うかどうか」が解るようになります。

食べログでもレビューは全く読まずに画像で判断しますね〜。

>私の料理を外に出すのは止めた方が良いという結論に達しました。

はな乃は美味しかったですし、僕はいつかたいちょさんがお店やられるのをちょっと期待してるんですけどねw。

| 川口 | 2014/07/11 16:21 | URI |

Re: 川口さんへ

> 料理の世界って盲目的にに先人から受け継いでいる、実際に効果があるのか確かめられていないテクニックがたぶんめちゃくちゃあるでしょうね。

有ると思います。
知識の中には、自分で確かめもせず伝言ゲーム的に話を横流しする場合が多く見られますし、私の先輩の中にも居ました。
ラーメンで言いますと、「ガラは茹でこぼす」というものが多いですね(場合によってはやりますが)。
その人達、どんな汚いガラを仕入れているんでしょうか(笑)

> パスタを作るとき、「にんにくの芽は焦げやすく、焦げると苦味が出るから爪楊枝などで必ず取りましょう」と書いてあるレシピがほとんどですが、僕は絶対にそんなの分からないと思っているので、無視して取らずに入れちゃいます。

確かに焦げやすく刺激が強いとは思いますが、結局は見た目が悪くなるからということで、家庭で作る場合はいちいちやらなくても良いと思います。
その方が好きっていう人が居てもおかしくないですし(^^)

> 逆にペペロンチーノ系やクリームソース系では、レシピ無視して白ワインや顆粒コンソメ入れて味の層を増やした方が家庭では簡単に美味しくなると思いますし。

家庭料理は「美味しい」が基本なので、その為のアレンジでしたら何をやってもかまわないと思います。
その人が「シチリア風」と言ったら、それはシチリア風なんですから(笑)

> 食べログでもレビューは全く読まずに画像で判断しますね〜。

私も同様です。
全くあてにならないとは言いませんけど、それに近いですね(^^;
1人1人好みが違うし、食べ物に対しての知識も違うのに、レビュー見ても意味無いですもの。
自分がどう感じるかが一番!(^_^)v

「え?!この料理、皆さんはどう思うのだろう!」っていう時は見ますけど(笑)
だって、たまに凄いお店が有るんだもの(;^_^A

> はな乃は美味しかったですし、僕はいつかたいちょさんがお店やられるのをちょっと期待してるんですけどねw。

いえいえ、私にそんなスキルはございませんので(^^ゞ

私が「味覚音痴じゃないか」と思った理由のひとつに、「他の人との感じ方の違いが、自分が予想していたものよりも遙かに大きかった」というものが有るんです。
「好み」っていうものは、こんなに違いが有るものだとは思っていなかったんですね、私。
ここはまた次の機会に書かせて頂こうと思っておりますm(__)m

余談ですが。
主婦って凄いですね。
発想が素晴らしい。
今まで「こうやって作る」という決まりが有ったものでも、主婦の知恵でいとも簡単に省略出来ちゃう。
単に「手抜きをしただけ」というものは別として、ですけど(笑)

| たいちょ | 2014/07/12 09:52 | URI | >> EDIT














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